【ダシマス老舗・髙橋庄作酒造店】酒造りは地域とともに。酒蔵の歴史と6代目蔵元が描くビジョン
written by ダシマス編集部
創業30年以上の老舗企業に焦点を当てる本企画。持続的な成長と成功をおさめ、時代をまたぎ社会に貢献してきた歴史を紐解き、その長い期間によって培われた文化や知見から、多くの人に気づきとインスピレーションを与えることを目指しています。
今回取材したのは、明治の初めに創業し今に至る酒造店、髙橋庄作酒造店の6代目蔵元である髙橋 亘(たかはし わたる)さんです。歴史ある酒造りは地域の歴史と深く紐づいていて、話を聞けば聞くほど、酒造りの奥深さが感じられました。
そして髙橋さんが取り組む、酒蔵の働き方を変える取り組みも非常にユニーク。泊まり込みで仕事をすることが一般的だとされるこの業界で、「年間残業時間は1時間程」だと言います。一体どのようにして、実現しているのか。
酒造店の歴史から髙橋さんの想いまで、しっかりと届けます。
6代目蔵元 髙橋 亘(たかはし わたる)さん
1972年生まれ。東京農業大学農学部醸造学科卒。都内地酒専門店・茨城県酒蔵での修行を経て、1996年髙橋庄作酒造店へ。2000年頃からすべての自社田での酒米作りにも着手。2019年髙橋庄作酒造店法人化、代表取締役就任。2019年より、「一田一醸」をテーマに会津娘「穣」シリーズを展開。米作りから携わる酒造りの未来を模索している。
執筆:大久保 崇
『ダシマス』ディレクター。2020年10月フリーランスのライターとして独立。2023年1月に法人化し合同会社たかしおを設立。“社会を変えうる事業を加速させ、世の中に貢献する”をミッションとし、採用広報やサービス導入事例など、企業の記事コンテンツの制作を支援する。
5代目までは蔵元となる際、戸籍上の名前を「庄作」に変えて継いできた
――まず会社の歴史、現在に至るまでの経緯からお伺いさせてください。
弊社はもともと農業を営んでいたのですが、明治の初めから酒造業を始めました。父と息子の親子で酒造業を創業したそうなのですが、2代目の息子「庄作」の名前で酒類製造免許を取得したようです。ずっと個人事業主として酒蔵を営んできたので、庄作個人に酒造免許が与えられていました。酒造免許を持った人がいなくなってお酒が造れなくなってしまいます。それで代々、蔵元を継ぐ際に庄作という名前も受け継いできました。
私の父が庄作としては4代目、蔵元としては5代目になります。襲名ではなく、戸籍を変えて庄作という名前になるんですね。ですが私が6代目として蔵元を継ぎ、令和元年から法人化して会社として酒造免許を取得したので、今後、戸籍まで変える必要はなくなりました。
ただ、法人化した一番の理由は、名前というよりも相続の問題が大きかったですね。酒蔵は大きな設備を持つ装置産業です。加えて私たちの場合、自分たちが所有する田んぼでお米をつくり、そのお米を使ってお酒を造っています。
酒蔵の設備だけでなく田んぼという土地を所有しているので、相続が絡むとこれらの維持や事業の維持が難しくなってくる。そこで父と話し合って、土地を個人ではなく会社が所有することで、次の世代が酒蔵を続けていく時の負担を減らしたいと考えました。
――長い歴史を持つ髙橋庄作酒造店ならではの特徴を教えてください。
やはり門田一ノ堰(もんでんいちのせき)、このエリアで酒蔵を営んできたこと。農地を所有して、自分達でつくったお米でお酒を造ってきたことですかね。
会津若松市では昭和30年ごろに国の基盤整備事業が行われました。農業が盛んな地域だったので小さな田んぼがたくさんあったのですが、それを整備して大きな田んぼにする、そうした大農家化しようという政策が昭和20年代後半から始まりました。対応がほぼ終わったのが10年くらい前なので、本当につい最近のことです。ここは、そういった農業の歴史がある地域なんですよね。
私の祖父の時代、60〜70年前になるのですが、基盤整備事業が進み農業を盛んにやっていこうと市街化調整区域に指定されました。近隣で工業団地の誘致も進められていたのですが、調整区域に指定されたことで昔ながらの農地は守られました。祖父の世代には感謝しています。
こうした歴史のある土地で酒蔵を経営しているからこそ、自分たちにしかできないこと、会津でしかできないことをやりたいし、やるべきだと考えました。それで平成12年ごろから自社の農地で育てる米を全て酒米にし、そのお米でお酒を造るようにしたんです。
ただ、うちの米だけでは足りないので、地元の契約農家さんにも協力を仰ぎ、同じお米をつくっていただくようにしました。地元の方々とも連携して、この土地、会津の地酒を確立させようと今も励んでいます。
――地域の歴史が、酒蔵の歴史でもあるのですね。
お酒は全国どこでも造られていますが、どのお酒も、その土地に住む日本人の生活や文化に大きく関わっています。地域ごとに地酒があるということは、その土地の食文化や歴史と、お酒の味わいや蔵の成り立ちが密接に関わっているということ。
大前提として、飲み物として美味しいお酒をつくるのは当然です。そのうえで、その蔵がそこにある理由や存在意義は、地域の歴史に深い関係があるかどうかだと考えています。美味しいに加えてその土地らしさを持っていないと、「なぜ自分たちがここ会津でお酒を造るのか」「なぜ日本酒を飲むのか」「なぜその銘柄を選ぶのか」が説明できません。
造る側、売る側、飲む側。全員に、理由や意味があるものをつくりたいと考えています。蔵があった背景や歴史を、お酒の味わいでどのくらい表現できるか。それが大事ですね。
また私たちは、農業だけでなく林業も営んできました。酒蔵を守るだけでなく、森林、酒造りに重要な水源も守っています。これはこの蔵にとっての一番の強みでもあります。お酒を造るなかで、どうやってこの強みを表現していけるのか、どういうふうに伝えるのかをしっかり考え続ける。それを忘れてしまったら、ここでお酒を造り続けていくのは難しいでしょうね。
先代が特定名称酒造りへの転換を決断したからこそ今がある
――髙橋庄作酒造店が造る「会津娘」に込めた想いを聞かせてください。
私の父が蔵元を継いだ頃、普通酒の製造をやめて、吟醸酒、純米酒、本醸造酒といった特定名称酒、トレーサビリティ(生産元を明らかにすべく、原材料の調達から生産、消費または廃棄まで追跡可能な状態にすること)のしっかりしたお酒造りに特化していくと決めました。そのときに「会津娘」を中心の銘柄に据えたんです。
ここは門田町一ノ堰という土地なので、「一乃正宗」という銘柄からはじまり、「花さくら」など首都圏向けの銘柄として「会津娘」を造ってきました。いろんな銘柄があったのですが、特定名称酒に特化すると決めたときに「会津娘」を中心にして、他の銘柄はこのなかの一つという形に変えていったんです。
――酒蔵の仕事をしてきて大変だったことはなんでしょうか。
自由にやらせてもらっているので、特にはありません。私よりも父の時代のほうが大変だったと思います。高度経済成長期からバブルが弾けた、という時代に酒蔵をやっていたわけですから。
そんな時代に、売上の大部分を占めていた普通酒をやめて特定名称酒に切り替えたのは、やはりすごい判断だと思います。その判断があったおかげで、私は特定名称酒をいかによくするかという点に注力できています。良いお酒を造ることだけに集中できる環境があるんです。
――先代が特定名称酒に振り切った決断をした背景や想いは聞かれていますか。
当時、普通酒の市場は年々縮小していっていました。そんななかで、価格競争になると私たちのような小さな酒蔵は大手には勝てません。だから普通酒の製造販売をやめて、特定名称酒だけに絞って勝負する道を選んだそうです。父の「できることをきちんとやる」という考えのおかげで、今があると思っています。
設備と仕組みで新しい酒蔵の働き方をつくり、働きがいも酒質も高める
――これから先、どのようにして酒蔵を発展させていきたいとお考えですか。
ありがたいことに若いスタッフが育ってくれて、一緒に酒造りができています。そんなスタッフたちに、「会津娘」というお酒やこの酒蔵がどうなっていくか、そのビジョンをしっかり見せていきたいですね。
髙橋庄作酒造店としては、「地元のお米をつかってお酒を造る」という方針を選んでいます。こうした決断をした時点で、成長のベクトルが「規模の拡大」に向かうことは難しいでしょう。
では代わりにどんな成長のベクトルを見せられるのか。それはお米をお酒にする技術を追求し、酒造りのエキスパートになることです。田んぼの雰囲気やお米の味を、お酒の味わいに表現する技術を身につけるということですね。味わいを表現するための「鮮度の高いお酒を造る」方法など、ここでしか学べないことはたくさんあります。
――例えば、鮮度の高いお酒とはどのように造るのでしょうか。
お酒の鮮度を保つためにはいろんな設備が必要です。たとえば冷蔵設備や酸化をさせないような設備。こうした設備投資を重ねて今の環境をつくってきました。なので、酒蔵はかなり近代化していると思います。
ただ、近代化しているとはいえ、ここは工場ではなくあくまでも“酒蔵”。「歴史と伝統のある酒蔵で酒造りをしている」ということが、働くスタッフたちにとってステータスとなるようにしたいですね。
――設備はきちんと整えていきつつ、伝統の味を守り、高めていくのですね。
そうですね。あとこれは労務の話になるのですが、酒造りは基本無休なんです。酒を造るというのは生き物を育てる仕事。時間ではなく、温度で働くので夜間も作業が発生するわけです。9月にお米を収穫してお酒の仕込みを始めてから、次の田植えをする5月までの約9ヶ月間はそういう生活になるのが業界の普通です。
だけど「酒造りだからしょうがない」「米作りだから仕方ないよね」という意識はなくしたいと思っていて。だから8〜17時の残業なしで、休日もきちんととれるようにしています。年間残業時間は1時間くらいですね。
――すごいですね。それができるのは、やはり新しい設備がきちんと導入されているからでしょうか。
設備もですし、仕組みづくりに取り組んでいることも大きいですね。あとスタッフの人数もしっかり揃えること。そういう点をクリアしたうえで、酒造りの仕事に向き合える環境にしたいなと。そういう環境をつくってはじめて、ビジョンを語れると考えています。
酒蔵で働くというのは、冬の間寝泊まりしてずっと酒造りをするのが一般的です。だから反対に、そういう環境を求めている人にとっては、うちの酒蔵は非常に物足りないかもしれないですね(笑)。
たとえば、文化祭とか学園祭の準備を、みんなで泊まり込みでするのって楽しいじゃないですか。大変だけど一体感が生まれるあの空間は、なんともいえない楽しさがあると思うんです。こうしたことを何十年もやり続けるのが酒蔵の仕事。それをやらないので、酒蔵ならではの働き方はなくなっているとも言えます。
私たちが他の酒蔵さんと違うのは、酒造りが終わっても仕事が終わるわけではないところです。田植えをしてお米を世話して収穫して、それから酒造りをする。そのサイクルが続くので、働き方にメリハリをつけるのは大事だと考えています。だから設備だけではなくて、8-17時のなかにどうやって仕事をおさめるのか、その仕組みづくりに取り組むことも欠かせないんです。
――その仕組みとは具体的にどのようにつくられているのでしょうか。
元も子もないのですが、17時に終わるように仕事を組む、その習慣を意識的につくるようにするということに尽きますね。
どの仕事も同じだと思うのですが、その仕事や一つの作業に必要な時間をちゃんと決めるわけです。そうすると「何時に始めないと何時に終わらない」というのはある程度わかりますよね。今日どれくらいの仕事をしなきゃいけないのか、それを全員で共有すればきっちり終わるし、共有できなければ終わらない。こうした意識を“全員”で共有するようにしています。
「酒造りを続けたいのに辞めざるをえない」なんて環境にしたくない
――そうした取り組みを推進するのは、髙橋さん自身が酒蔵の働き方に疑問を抱いていたからでしょうか。
そうですね。泊まり込みの酒造りが当たり前という環境で育ってきたし、最初は特に違和感もなかったのですが、これからはそうじゃないなと。
うちはスタッフが10名いるのですが、女性の方が多いんです。女性は男性以上に家庭や子ども、またそもそも骨格的、筋力的な違いなどで制約がたくさんある。そんななかでも、酒蔵で働くということを選んでくれた人たちなんです。
「酒造りをやめたい」「髙橋酒造で働くのはもういいな」という理由で、ここを離れるのは仕方ないと思います。でも酒造りを続けたいのに「酒造りの仕組みそのものや成り立ちが合わないから離れざるを得ない」となるなら、その仕組みは改善したいじゃないですか。女性に限らず男性であっても同じですが、そんな環境はなくしたいですね。
あとは震災があったときに強く思ったことがあって。
つい最近までいた人が今日いない、なんて現実を実際に体験しました。昨日までしていた生活や仕事が急になくなるということは起こりえるのだなと。
これを今の自分の仕事に置き換えたとき、自分も含め、誰かがいなくなると酒造りができない環境はつくってはいけないと思ったんです。もしまた同じようなことがあっても、だれか一人でも生き残れば酒造りができる環境にしたい。春に入社した1年目のスタッフでも、70歳のベテランでも。誰が生き残っても酒造りが続けられるようにしたいと強く思っています。
――一緒に働く人のため、事業を継続させるための2つが大きな理由なのですね。
そうですね。ただお酒を造れればいいのではなく、私たちの仕事は“良い”お酒を造ることなので、事業の継続と良いお酒を造りつづけることの両立が必要です。
設備投資への意識が大きく変わったのは震災後なんです。震災前は酒質のためが優先だったのですが、震災以降は労務面や人員をカバーできて、かつ酒質も良くできるような欲張りな設備投資をするようになりました。
――いろいろとお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に読者へのメッセージをお願いします。
酒造りは決して楽な仕事ではありませんし、精神的にも肉体的にもキツい仕事だと思っています。ですが、そこから出来上がるお酒はそれを補って有り余る成果や喜びをもたらしてくれる。もし「お酒から得られる成果とは?」と気になるのであれば、ぜひ髙橋庄作酒造店の日本酒を飲んで味わってみてほしいですね。
私自身がものづくりが好きな性格ということもありますが、何かをつくり上げる仕事にはそんな魅力があります。みなさんも、そんな魅力を感じる仕事に出会っていただきたいです。
髙橋庄作酒造店について
ホームページ:https://aizumusume.co.jp/